「ゆっくり茶番劇」をめぐる商標権問題
経緯
ゲーム作品「東方Project」の二次創作キャラクター「ゆっくり」を使った会話劇、通称「ゆっくり茶番劇」が、無関係の第三者であるYouTuberの柚葉氏によって商標権を取得されたことが最近話題となっています。なお、同氏は5月15日に「ゆっくり茶番劇」の商標権を取得したことと、今後当該商標を利用する場合はライセンス契約が必要となり、ライセンス料を支払わなければならないとの声明を発表しました。
この声明によりますと、「ゆっくり茶番劇」の商標を1円でも利益の出る形で商用使用する場合、当社とのライセンス契約が必要であると見なされ、更に「ゆっくり茶番劇」を使用する場合には、商標使用許可申請書の提出と年間で10万円(税別)の使用料が必要になります。
その後炎上し、翌5月16日に、使用料(ライセンス契約)は不要とすることが公表された一方、権利自体は維持することが主張されました。
ゆっくり茶番劇とは
ゆっくり茶番劇とは、同人サークルである上海アリス幻樂団によって製作された弾幕シューティングゲーム「東方Project」シリーズから派生した二次創物の動画のカテゴリーの1つです。
ゆっくりの歴史と著作権については東方プロジェクトの公式Webサイトに詳しい動画が掲載されておりますが、「東方Project」の二次創作キャラクターである「ゆっくり魔理沙」と「ゆっくり霊夢」が、「SofTalk」というゆっくりとテキストを読み上げるソフトを用いた合成音声によって「東方Project」のテーマでの茶番劇を行う動画です。その汎用性の高さと独特の世界感から頻繫に使用されることとなり、現在は「東方Project」テーマだけではなく、ゲーム実況動画(ゆっくり実況)や、様々な事柄の解説動画(ゆっくり解説)、一般の料理動画まで使用されている状況となっています。
上記公式Webサイトによりますと、「ゆっくり実況」「ゆっくり解説」を筆頭に、複数のサイトに1000万件以上が投稿されているといいます。これは「東方Project」の人気のおかげだけではなく、各クリエーターの創作・宣伝による継続的なファン層の獲得によるところが大きいです。
東方Projectは公式Webサイトにおいて、「東方Projectの二次創作ガイドライン」と「動画配信サービスへの投稿に関するガイドライン」を掲載しており、ここでは、東方Projectの二次創作である事を明記することを条件に、広く自由に使用して良い旨が掲載されております。
ところが、元々東方Projectとは何ら関係の無かったYoutuberである柚葉氏が、「ゆっくり茶番劇」商標権を取得したことを2022年5月15日にTwitterで公表しました。さらに、「ゆっくり茶番劇」商標に対する使用やボーダーライン、ライセンス料等のルールを公開しました。
以下柚葉氏のTwitterより
ゆっくり茶番劇の登録商標
「ゆっくり茶番劇」の登録情報を見ると、当該商標は2021年9月13日に出願され、2022年2月24日に登録された標準文字商標です。なお、当該商標の指定役務(サービス)は41類の、「インターネットを利用して行う映像の提供」「オンラインによる映像の提供(ダウンロードできないものに限る。)」が指定されており、すなわち「動画配信」の分野で独占権を持っていることになります。
特許庁の判断
商標法は、「拒絶理由が無ければ登録にする」という基準で審査がなされます。
拒絶理由の主なものは商標法の3条と4条に列挙されていますが、今回のケースで関連してくる拒絶の理由としては以下の条文が挙げられ、このような商標は登録がされず、特許庁の審査において拒絶されることになります。
商標登録を受けることができない商標
- 商標法3条1項6号:需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標
- 商標法4条1項7号:公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標
- 商標法4条1項10号:他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であつて、その商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの
- 商標法4条1項15号:他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)
- 商標法4条1項19号:他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)
もう少し簡単に書くと、
- 商標法3条1項6号:インターネットなどで広く使われているので、特定の人に独占させるべきではない商標は登録できない。
- 商標法4条1項7号:公序良俗(公の秩序又は善良の風俗)を害するおそれがある商標は登録できない。
- 商標法4条1項10号:登録商標ではないけれども、他人の商品や役務(サービス)を表すものとして需要者の間に広く知られている商標は登録できない。
- 商標法4条1項15号:他人の商品や役務(サービス)だと誤認して紛らわしい商標は登録できない。
- 商標法4条1項19号:他人の商品や役務(サービス)を表すものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標について、不正の目的(不正の利益を得る目的)で出願した場合は登録できない。
というものです。
「ゆっくり茶番劇」は、「ゆっくり」と「茶番劇」という言葉を組み合わせた結合商標ですが、全体としてみると「急がず、時間をかけて行う茶番劇」という独特の意味があり、特徴的でしたので、登録されてしまいました。
恐らく特許庁の審査官は「ゆっくり茶番劇」という動画のジャンルがYoutube等でこれほど広く使用され、前述のように1000万件以上の投稿があることに気が付かなかったものと考えられます。もしくは、柚葉氏自体もゆっくり動画を投稿しておりますので、そのような動画を投稿している本人の出願であると誤認した可能性もあります。
いずれにしても、特許庁は何ら拒絶理由通知を出すことなく、「ゆっくり茶番劇」の商標は登録査定となってしまいました。
なお、この商標登録出願の代理を行った商標事務所が声明を出す!という不思議な事態になっており、出願の「当時のインターネット検索でワードを限定して検索しても件数的には数万件程度」ヒットしていた旨のコメントを出しています。
ちなみに、過去の商標出願を調べてみると、「ゆっくりボイス」や「ゆっくり通話」「ゆっくり給湯」などは全て第3条1項で拒絶されており、また、最近の特許庁の運用では、ネットミーム、流行語的な言葉(たとえば、「大迫半端ないって」「アマビエ」等)は、既に多くの商品やサービスで広く使用されている状態になっているため、商標法3条1項6号(識別力がない商標)として拒絶される傾向となっています。今回の「ゆっくり茶番劇」も過去の例に従えば拒絶されるべき内容であった可能性が高いですが、看過されて登録になってしまいました。
以前 「トウカイテイオー」「メジロマックイーン」等の競馬の名馬の名前を軒並み商標登録申請するという事件が起こりましたが、この際には、以下のような「4条1項7号、4条1項10号、4条1項15号、4条1項19号」という条文オンパレードの拒絶理由通知が発行されており、特許庁審査官の「絶対に登録させない!」という気合いを感じ取りました。
影響
商標「ゆっくり茶番劇」の指定役務(サービス)には、「電子出版物の提供、インターネットを利用して行う映像の提供」等が含まれておりますので、この商標が存続している限り、「ゆっくり茶番劇」と同一または類似のタイトルで、ニコニコ動画やYouTube等への動画の投稿を行う事は、この商標権を侵害してしまう可能性が高いと考えられます。
従って、柚葉氏の声明にもありますが「東方Projectのキャラクターを使っていなくても、Softalkを使っていなくても、“ゆっくり茶番劇”というタイトルで動画を公開して収益化した場合には、“ゆっくり茶番劇”の商標権を侵害する可能性がありますので注意が必要です。
商標権の効力はあくまでも「業としての使用すること」に対するものですので、個人的な趣味のYoutube投稿であれば問題ないのでは?と考える方がいるかもしれませんが、現在YouTubeなどの動画サイトでは、投稿された動画から収益を得られるようになっていることが多いので、この主張は通じない可能性が高そうです。
一方、今回登録された商標はあくまでも「ゆっくり茶番劇」という文字商標なので、「ゆっくり魔理沙」と「ゆっくり霊夢」のキャラクターを使ったり、「SofTalk」のソフトウェアでテキスト読み上げを行ったりすること自体は問題が無いです。更に、「ゆっくり○○」のようなのタイトルで「○○」が「茶番劇」に類似しない限り、例えば「ゆっくり実況」や「ゆっくり解説」という言葉を使うことも問題ありません。
これからの展開
実は、商標の登録に対しては一定の異議申立期間がもうけられています。商標の登録公報の発行日から2月以内の間には、何人でも、正当な理由がある限り、当該商標の取消しを求めることができます。
しかしながら残念なことに、「ゆっくり茶番劇」の公報発行日は2022年3月4日であって、異議申立ができるのは2022年5月4日まででした。柚葉氏は5月15日に商標登録の旨をTweetしていますが、これはライセンス内容などの動画を準備しておいて、異議申立期間が過ぎたことを確認してから投稿したものと想像します。
もう一つの手段として、「ゆっくり茶番劇」に対して無効審判を請求することができます。権利に瑕疵(問題)がある場合、権利者には不当な権利を与え、本来何人も当該商標等について使用できるにもかかわらず、それを禁止することになりますので、無効審判により、その権利を無効とし、権利を初めから存在しなかったものとすることができます。上記のように、3条1項6号や4条1項各号の拒絶理由・無効理由がありそうですので、無効審判を請求すれば、権利を無効にできる可能性が高そうです。
無効審判を請求できるのは、利害関係人に限り請求することができますので。今回の件に関しては、ニコニコ動画や、「東方Project」シリーズの権利者、「SofTalk」ソフトウェアの権利者たちが対応する姿勢を示しておりますが、「ゆっくり茶番劇」という言葉自体は誰が生み出したのか不明であり、どこまでが「利害関係人」として無効審判の請求人適格を満たしているのかは、この後の展開を見守っていきたいと思います。
その他、取消審判を請求し、取消審判が認められた場合には、対象となる商標は存在しなかったことになります(結果的には無効審判と同じ)。しかし、取消審判には一定の客観的な条件が必要となります。例えば、一番簡単な不使用取消審判でも、「3年以上使用されてない」という時間的な制限が設けられています。今回「ゆっくり茶番劇」の件に関しては、柚葉氏自体が「ゆっくり茶番劇」という商標を使用しておりますので、この審判は認められません。
今後のあり方
このような有名な動画作品フォーマットを、本来はネットの共有財産的な存在であるはずであり、一人に独占させるべきものではありません。しかしながら、商標権の原則は「早い者勝ち」ですので、例え先に生み出して使用していたとしても、第三者が先に出願するとその商標が取られてしまうことになります。ですので、このようなことを防ぐために、一番良い手段は創作者がまず先に出願することです。特に、近年第三者による悪意の冒認出願が多発しておりますので、その権利を確実に守るために商標を取得し、その後無償で開放すると言うことをすると良いと思います。
料理動画として有名なバズレシピさんの商標も、悪意の第三者に出願されてしまいました。バズレシピのリュウジ氏も、「早い者勝ちなのでちゃんと商標を出しましょう!」ということをtweetしています。これめちゃくちゃ大事です!!
また、特許庁審査官もあらゆる分野において詳しいわけではないので、他人による悪意の出願を全て見抜くことはできません。特許庁には商標登録出願に関する情報提供制度があり、審査の的確性及び迅速性の向上のために、世間からの情報提供を広く受け付けております。出願中の商標に対して、不適切な商標を見つけた場合には、その「登録に相応しくない」理由を記載した証拠を特許庁に提供することができます(匿名での情報提供も可能)。是非活用してみてください。
すまるか では商標が取れそうかどうかの調査は無料です。スマホでオンラインで商標登録出願が行えます。他人に商標を横取りされないように、ご自身のブランド名を是非商標登録出願しましょう!
情報提供源
本ページの情報はAIとRPAを駆使したクラウドベースの
商標調査・出願・登録システム「すまるか」により生成されました。
商標が取れそうかどうかを確認する先行商標調査は無料で、
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